トリビア チューリップ・バブル

Pieter Brueghel the Younger, Spring, oil on panel, Sotheby's

Pieter Breughel the Younger (1635) 春 In Wikimedia Commons バージョンやコピーによって描かれているチューリップの本数が違います。

チューリップ・バブルについての概要はほとんど「17世紀の通貨価値」に書いたつもりなのですが、ここでは17世紀のチューリップとチューリップ・バブルにまつわる小ネタをまとめました。

といっても、すべて『チューリップ・バブル 人間を狂わせた花の物語』からおもしろいエピソードをピックアップしただけです。サイト内にチューリップの画像が少なかったので、載せておきたかっただけともいえます…。

『チューリップ・バブル 人間を狂わせた花の物語』

  • 著者: マイク ダッシュ (著), Mike Dash (原著), 明石 三世 (翻訳)
  • 出版社: 文藝春秋(文春文庫)
  • ページ数: 318p
  • 発行年月: 2000/06

クルシウスと泥棒

Hortus floridus

Crispijn van de Passe (1614) レイデンの植物園 In Wikimedia Commons

1593年にレイデン大学に招聘され、オランダにチューリップを持ち込んだ植物学者クルシウス。植物園をつくって、黙々と研究に勤しんでいたのですが、いちばん心を痛めていたのは泥棒でした。まだまだこの頃は「チューリップ・バブル」というほどの投機対象にはなっていない時期ですが、新しくめずらしいものには変わりないので、知識も興味もない人々が転売目的で入手をもちかけ、断られると、あろうことか百個単位でごっそりと盗んでしまったようです。

この盗まれたチューリップが南北ネーデルランド中に広まって繁殖したことを、ダッシュは「明るい結果」と書いていますが、研究者の気持ちを考えるとちょっとかわいそうな気もします。

「病気」のチューリップ

Semper Augustus Tulip 17th century

『センペル・アウグストゥス』 In Wikimedia Commons

画像は、おそらく史上最高値をつけたといわれる「センペル・アウグストゥス」。その球根はこの世に十数個しか存在せず、最高価格は5200ギルダーだったといわれていますから、単純計算で、球根1つが5000万円ほどもしました。このように「ブレーキング」とよばれる炎のようなまだら模様を持つものは、このコントラストのはっきりしたところが、他の花にはない特徴として珍重されました。しかもこれら高価なチューリップの球根は、「咲いてみないとわからない」、まさに投機的な商品ともいえました。カタログに載っているのは、あくまで母球に基づいた「開花想像図」であり、子球である球根がこのとおりに咲く確実な保証はありません。逆に、突然変異でもっとめずらしいものが咲く可能性もあります。

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モザイク病のチューリップ In Wikimedia Commons

現在これらのチューリップに簡単に出会うことはできません。実はこの模様はウィルス由来のものだったからです。20世紀にならないとわからなかった、チューリップのみが罹る「モザイク病」という病気です。現在では研究用途で栽培されるほかは、園芸品種としてはもちろん流通していません。「ブレーキング」のチューリップたちは、まさに幻の花となったといえるでしょう。

Tulip pricelist alkmaar auction small-2

チューリップ価格表 (1637) In Wikimedia Commons

投機のピークだった1637年の価格表です。1000ギルダー以上のものが2割くらい、数千ギルダーにのぼるものもいくつか書かれています。

アドリアーン・パウのチューリップ畑

Gerrit Adriansz Berckheyde - Huis te Heemstede

Gerrit Adriaensz. Berckheyde (1667) ヘームステーデ館 In Wikimedia Commons

アドリアーン・パウはアムステルダムの裕福なレヘントの家系の生まれで、ホラント州法律顧問も務めた名士です。1620年にヘームステーデの土地を購入し、広い庭園にチューリップを栽培しました。ところがこのチューリップ畑には仕掛けがあって、近くまでいかなければわからないように、こっそりと鏡で囲まれていました。数十本のチューリップを何倍にも水増しして見せる仕掛けです。アムステルダム、ひいては共和国全体でも5本の指には入ろうという大金持ちのパウ家でも、その庭をチューリップだけで埋め尽くすことはできなかった、というエピソードです。

ヤーコプ・デ=ヘインとチューリップ

'Vase of Flowers with a Curtain', oil on panel painting by Jacques de Gheyn II, 1615

Jacob de Gheyn (II) (1615) カーテンと花瓶の花 In Wikimedia Commons

このサイト内では、『武器教練』で何度も登場しているデ=ヘイン。クルシウスの友人でもあった彼はチューリップ愛好家でもありました。ナッサウ家の後援により、生涯で4万ギルダー(≒4億円)もの資産を得た彼は、充分にチューリップを栽培できる財力を持ち得ていたといえます。チューリップの絵22枚を描いた『花の本』は皇帝ルドルフ二世が購入したそうです。この静物画のチューリップも自前で栽培したものかもしれませんね。

Queboorn tulips

Chrispyn van den Queboorn (1623) 植物談義 In Wikimedia Commons

ちなみにそのナッサウ伯(既にオランイェ公となった後ですが)マウリッツは、1620年頃ビネンホフ内にチューリップ畑を持っていたようです。ただ、その性格からして、愛好や投機というよりは、クルシウス的な研究のほうに興味があったものと推測されます。上掲の絵は、そんな場面を髣髴とさせる、学者と貴族の植物談義です。

テュルプ博士のちょっと悲しい話

Anatomie Nicolaes Tulp

Rembrandt (1632) テュルプ博士の解剖学講義 In Wikimedia Commons

レンブラントの絵画の中でも、『夜警』に次いで有名かとも思われる『テュルプ博士の解剖学講義』。レンブラントと友人でもあったこの医師は、医師としてだけではなく、アムステルダム市長にも何度か選出されたことがあるなど、やはり名士としても有名でした。この「テュルプ Tulp」という名前は、オランダ語でそのものずばり「チューリップ」のことで、あまりにチューリップを愛するあまりに改名までしてしまったという人です。

チューリップ柄の紋章を掲げ、封蝋にもチューリップ柄を使うという徹底ぶりだったのですが、チューリップ・バブルがはじけてしまった後は、家の扉の紋章も目立たないところに付け替えてしまったとか。暴落後はチューリップ・バブルを風刺する抽象画やパンフレットもたくさん出版され、「フロリスト」と呼ばれたにわか投機家たちが散々バカにされました。バブルに興じていたこれらの人々と、自分のチューリップ愛とは違う、ということを消極的に主張したかったのかもしれません。

チューリップ・バブルの風刺画

Floras geckskap small

Cornelis Danckerts (1637-1640) フローラの道化フード In Wikimedia Commons

これら「フロリスト」たちは愚者・道化・猿などに擬えられました。とくにこの道化の帽子(フード)と花の女神フローラ(娼婦の女神でもあります)が、風刺のモチーフとして頻繁に用いられました。この版画は、それらモチーフ全てがまんべんなく入ったもの。以下、いくつか並べます。

Allegorie der Tulipomanie

Jan Breughel (II) (1640s) チューリップバブルの風刺 In Wikimedia Commons

Persiflage auf die Tulpomanie

Jan Breughel (II) (1640s) チューリップバブルの風刺 In Wikimedia Commons

ヤン・ブリューゲル(子)による2バージョン。金持ちも貧乏人も、フロリストはすべて猿として描かれています。

Mallewagen bloemisten small

Crispyn van der Passe (1637) フロリストの帆かけ車 In Wikimedia Commons

こちらはより金持ちを皮肉ったもの? 左下(ハールレム)と右上(ホールン)はチューリップ取引所、左上は特定の個人(有名な投資家?)のようです。帆かけ戦車というのが非常にオランダらしいモチーフ。中央に乗ったフローラが持っているのは、センペル・アウグストスを含む、最も高価だった品種3つ。地面に散らばって踏まれているチューリップたちにも、それぞれ高級品種名が書かれています。この車の運命は、右側に描かれているように海に沈んでしまうのですが、この頃から「バブル」という概念があったようにもみえて興味深いですね。

映画『チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛』

2018年日本公開の、チューリップ・バブルをモチーフとした映画。現在まだ公開中のため、DVDの画像は海外版です。

リファレンス

記事中に挙げた参考URL以外については以下のとおり。

  • ウィルソン『オランダ共和国(世界大学選書)』、平凡社、1971年
  • ヨハン・ホイジンガ『レンブラントの世紀―17世紀ネーデルラント文化の概観(歴史学叢書)』、創文社、1968年