オランダとライオン

Rembrandt van Rijn 201

Rembrandt (1635-1641) De eendracht van het land. In Wikimedia Commons

画像はレンブラントの「国家の団結」。軍事的な寓意に富んだ絵画ですが、この中で中央左につながれているライオンがオランダを表しています。

もともとライオンはヨーロッパの紋章でとても好まれるモチーフのひとつです。

Counts of Holland Arms Guelders-Jülich Arms Luxembourg Old Arms Limburg New Arms

左から、ホラント伯・ヘルレ公・ルクセンブルク公・リンブルフ伯の紋章

In Wikimedia Commons

このように、低地地方ではオランダ共和国成立のずっと前から各州の紋章にライオンが多用されています。低地地方の地図が右を向いたライオンのかたちに似ている(下記項目)ことから、とくにネーデルランドの「反乱」以降は、低地地方全体=ライオンとする図式が一般的です。「ナッサウ家の紋章」も参照ください。

「レオ・ベルギクス Leo Belgicus」

Leo Belgicus - C.J. Visscher (1650), 6 - BL

J van Doetecum / C.J. Visscher (ca. 1650) レオ・ベルギクス In Wikimedia Commons

「レオ・ベルギクス」とは、低地地方の地図をライオンのかたちに模したものです。この「ベルギクス」は現代のベルギーではなく、ネーデルランドのこと。ネーデルランド十七州全部だったり、北部七州だけだったり、ホラント州だけを扱ったもの(「レオ・ホランディクス」)もあったりします。リンクに挙げたウィキメディア・コモンズのページには16-18世紀の地図がいくつか載っています。横向きに寝そべっているライオンも居ます。

Leo Belgicus Philipp von Zesen

Philipp von Zesen (1660) 歴史書「レオ・ベルギクス」表紙 In Wikimedia Commons

こちらはその「レオ・ベルギクス」を表題に関した歴史書の表紙。低地地方では伝統的に、国(ネーデルランド全体または北部七州)、各州、各都市が少女や女神に例えて描かれます(英語だと「Dutch Maiden」といいます。日本語訳しづらいです…)。この画像のようにその足元にライオンが添えられていることもよくありますが、それだと寓意としては重複表現ぽい感じもしますね。

「アンブロジオ・スピノラへの予言歌」

Carmen Augurale Ad Ambrosium Spinolam-detail

Unknown (1604)  In Wikimedia Commons

こちらは「オーステンデ攻囲戦」の寓意画。「予言歌」のタイトルの詩なので、オーステンデ陥落前でしょうか。スピノラ将軍がライオンの後ろ足から棘を抜いている図です。棘が刺さっている後ろ足はオーステンデの街、オーステンデは1604年当時、南ネーデルランド(フランドル州内)で唯一オランダ側が手にしている街だったので、棘はオランダを表し、その棘のせいでライオンが弱っています。ということは、この場合のライオンはフランドル州またはスペイン領南ネーデルランドを指しているということになります。その棘を抜いてくれるスピノラ侯のおかげで、ライオンも元気になるだろう、という内容の詩です。

レオ・ベルギクスの地図では、ネーデルランド全体のものが大半で、北半分やホラント州単独を扱ったものは少数派、南半分だけを扱ったものは少なくとも管理人は見たことはありません。なので、南部またはフランドル州単独を扱ったこの挿絵はレアケースかもしれません。

オランダとライオンの紋章

オランダ連邦共和国紋章 Generaliteitsleeuw

Statenleeuw wapen

In Wikimedia Commons

1584年に連邦議会の紋章として制定されました。共和国の外交官が正式にこれを掲げて国際社会で活動が可能になったのは、「十二年休戦条約」以降の1609年からです。ホラント伯の紋章(金に赤のライオン)をもとにして、色を逆転させたもの。ライオンが手に持っている7本の矢は7つの州を表しています。

ウィレム一世(沈黙公)の紋章

Oranje-Nassau wapen na 1582

In Wikimedia Commons

ナッサウ伯の紋章は「反乱」より数百年も前のはるか昔に制定されたので、ホラント伯や共和国の紋章と似ているのは実はたまたまです。ライオンだけで3種類入ってます。すべて違ったポーズです。左上がナッサウ、右上がカッツェンエルンボーゲン、右下がディーツのライオン紋です。「オランイェ公」の紋章としては、三代後のフレデリク=ヘンドリク以降、ウィレム二世、ウィレム三世までがこれと同じものを使用しています。

ウィレム一世(国王)の紋章

Nederlanden-1813 wapen

In Wikimedia Commons

オランダ国王ウィレム一世が、国王になる直前の「主権君主 Soeverein Vorst」時代に2年間だけ使用していた紋章。上記の共和国の紋章と、ナッサウの紋章を組み合わせたデザインになっています。こちらはライオンのポーズ自体は同じです。

ファッション

現代のオランダ軍やサッカーシャツなどでもライオンモチーフが使われています。

Koning Willem-Alexander uniform close-up

ウィレム=アレクサンダー国王の軍服(部分)(public domain) In Wikimedia Commons

Amsterdam Airport Schiphol 20080803

典型的なオレンジ×ライオンのシャツ In Wikimedia Commons

リファレンス

記事中に挙げた参考URL以外については以下のとおり。

  • Vicifons Carmen Augurale, 1604 (ウィキソース羅語版)
  • 佐藤弘幸『図説 オランダの歴史』、河出書房新社、2012年
  • 桜田三津夫『物語 オランダの歴史』、中公新書、2017年
  • 森田安一編『スイス・ベネルクス史(世界各国史)』、山川出版社、1998年
  • ウィルソン『オランダ共和国(世界大学選書)』、平凡社、1971年
  • ヨハン・ホイジンガ『レンブラントの世紀―17世紀ネーデルラント文化の概観(歴史学叢書)』、創文社、1968年