金獅子亭 本館

オランダ近世史―八十年戦争とナッサウ伯の軍制改革
the Eighty Years’ War, the Dutch States Army and the Counts of Nassau

『金獅子亭』は16世紀から17世紀のオランダの歴史を扱うウェブサイトです。

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最後の戦い アントウェルペン攻囲戦(1646)/フェンロー攻囲戦(1646) Beleg van Antwerpen/ Beleg van Venlo

5年前に失敗したフルストを、先年、オランダは見事なまでの手段で取り戻した。しかし議会はその直後、ミュンスターのテーブルに大使を派遣することを決定し、共和国の舵は和平に大きく振れる。1646年、既に自身も年老いたフレデリク=ヘンドリクは、最後の戦いとして、2つの重要な街に照準を定める。1つは、1584年の父ウィレムの暗殺と時を同じくしてパルマ公に奪われたアントウェルペン、そして2つめは、自らが1637年のブレダ攻略と引き換えに失ったフェンローだった。

フルスト攻囲戦(1645) Beleg van Hulst

1635年に締結された「パリ条約」から10年、共に「南ネーデルランド分割構想」を企んだリシュリュー枢機卿は既に亡く、フランスは膠着した南ネーデルランド戦線よりも、コンデ、テュレンヌの若きコンビで快進撃を続けるドイツ戦線に主眼を置きつつあった。ミュンスターで始まっている和平への参加を巡って国内が揺れる中、病魔に侵されたオランイェ公フレデリク=ヘンドリクは、何かに憑りつかれたようにアントウェルペン奪還を目指す。それはまるで、先のオランイェ公、兄マウリッツの辿った晩年をなぞるかのような執着だった。

サス=ファン=ヘント攻囲戦(1644) Beleg van Sas van Gent

ちょうど40年前、20歳のオランイェ公フレデリク=ヘンドリクは、兄や従兄たちたくさんのナッサウ伯とゼーウス・フラーンデレンのカトザントに上陸した。泥地の行軍、繰り返されるスカーミッシュに苦しみながら、40年後の今、義弟や従弟たちを連れ、当時の計画を再現しようとしている。しかし最終目標のアントウェルペンは、地理的・物理的な理由以上に、はるかに遠い。

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オランダの「黄金時代」のことを Gouden Eeuw(ハウデン・エーウ)といいます。これにLを1文字足すと「金のライオン」Gouden Leeuw(ハウデン・レーウ)となります。ライオンはオランダ共和国やナッサウ家とも関連が深いモチーフです。

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