フロニンゲンのライヒスターラー (1602・左) とゼーラントの10スタイファー (1613・右) In Wikimedia Commons
八十年戦争期にオランダで使われていた通貨は、おもに「ギルダー(グルデン)」と「スタイファー」です。これは「円」と「銭」のような通貨と補助単位の関係にあり、20スタイファー=1ギルダーとなります。
- 1ギルダー(グルデン)=1フローリン どちらも「fl.」と表記
- 1スタイファー=1/20ギルダー
過去の貨幣価値を現在の貨幣価値に換算する、ということは厳密にいえば不可能であり、するべきではないともいわれています。が、何がどれくらいなのか全く見当もつかない、というのもそれはそれで不便です。ある程度の目安はあってしかるべきではないかと思います。管理人は、下記に挙げる理由で、便宜上「1ギルダー≒1万円」を用いています。(本来1万2千円くらいかと思うのですが、計算が楽なので1万円としてます)。あくまで個人的な便宜の上での換算であり、絶対的基準ではありません。
チューリップからの換算
Unknown (ca. 1650) チューリップ投機の寓意 In Wikimedia Commons
1637年2月、オランダではチューリップ投機の大暴落が起こります。「チューリップ狂時代」とか「チューリップ・バブル」などと呼ばれますが、チューリップの球根1つにこれだけの金額を出すのがいかに愚かだったか、という引き合いでいろいろなものと金額の比較がされました。
チューリップ・バブル―人間を狂わせた花の物語 (文春文庫)
従来、パンなどの生活品の価格から価値判断がされてきたようなのですが、ダッシュの『チューリップ・バブル』では、価値判断のベースに年収が用いられています。下記に表の一部を転記しました。ここから判断して、現代日本では上記の「1ギルダー≒1万円」(1万ギルダー≒1億円)がほぼ当てはまるかなあ、と考えられるわけです。ちなみにこの場合の「商人」は、被雇用者ではなく経営者のイメージかと思います。()カッコ内は1ギルダー≒1万円での管理人換算。
表1・17世紀前半の価格表 | |
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ビール ジョッキ1杯 (1杯=500mlとして250円/杯) | 0.5 st. |
パン 約5.5kg (1斤=340g換算で約200円/斤) | 6.5 st. |
漂白職人の日当 | 8.0 st. |
仕立屋の日当 (計算すると下記大工とほぼ同じ) | 18.0 st. |
大工の年収 (計算すると上記仕立屋とほぼ同じ) | 250 fl. |
クルシウス(大学教授)の年俸 | 750 fl. |
中堅の商人の年収 | 1,500 fl. |
レンブラントの『夜警』の報酬 | 1,600 fl. |
裕福な商人の年収 | 3,000 fl. |
チューリップの球根1つ(最高値クラス) | 5,200 fl. |
狂気とバブル―なぜ人は集団になると愚行に走るのか (ウィザードブックシリーズ)
なお、下記は1636年のパンフレットに記載されていたとされる表です。2500ギルダーの球根1つと同じ金額で、何が買えるかというリストです。マッケイの『Memoirs of Extraordinary Popular Delusions and the Madness of Crowds』(邦訳『狂気とバブル』)以降、上記のダッシュも含め、チューリップ・バブルを扱った書物のほとんどで引用されています。ダッシュの表1と比べ、それぞれ比較物の単位が大きくわかりづらい印象です。()カッコ内は1ギルダー≒1万円での管理人換算。日清の小麦粉や雪印のバター・チーズのイメージです。
表2・球根1つで買える品物 | |
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小麦 24トン (薄力粉1袋1kgとして187円/袋) | 448 fl. |
ライ麦 48トン | 558 fl. |
肥育した牛 4頭 | 480 fl. |
肥育した豚 8頭 | 240 fl. |
肥育した羊 12頭 | 120 fl. |
ワイン 大樽2つ (1樽=1000Lとして260円/750ml瓶) | 70 fl. |
ビール 4トン (1缶=500mlとして40円/缶) | 32 fl. |
バター 2トン (バター1箱200gとして192円/箱) | 192 fl. |
チーズ 1,000ポンド (チーズ1箱200gとして530円/箱) | 120 fl. |
ベッド 一式 | 100 fl. |
衣服 一式 | 80 fl. |
銀の杯 1つ | 60 fl. |
合 計 | 2,500 fl. |
オランダ軍の給与
Unknown (17th century) 兵への給与の支払い In Wikimedia Commons
オランダ軍の給与についても表を作成してみました。いくつか出典があるので、だいたい中間あたりの値をとっており、あまり正確ではないかもしれません。が、「オランダ軍兵士の給与は熟練工よりも若干良い」という記載があり、ダッシュの表1と比べてもだいたいそんな感じです。また、オランダ軍では自主的に塹壕掘りをした兵士には、掘削手当として、通常の給与に1日当たりで加算されて支給されました。これを足しこむと結構良い小遣いになったと思われます。「平時」と「戦時」の歩兵の給料の違いは、この手当の有無の違いと思われます。
騎兵の給与が高いのは、給与内に馬の維持費が含まれているためです。なお、将校の給与は月給ではなく、42日に1回の支給だったため、比較しやすいように31/42を掛けた金額に直してあります。おそらくこの「将校」は中隊長クラスです。参考例として挙げたオランイェ公フレデリク=ヘンドリクの大隊長としての年俸はほぼその3倍です。(成人前の子供に与えた名目としての地位なので、他の大隊長はもっと高いと思います)。ほかにも、軍事関係の金額を参考として記載してみました。貴族一人の身代金の金額も、現代の保険金などとそれほどかけ離れていないのではないでしょうか。
表3・1590年代のオランダ軍の給与(目安) | |
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掘削手当 /日 | 10-15 st. |
歩兵の月収(平時) | 11-20 fl. |
歩兵の月収(戦時) | 30 fl. |
騎兵の月収(平時) | 28 fl. |
歩兵将校の月収(31日計算) | 110 fl. |
騎兵将校の月収(31日計算) | 128 fl. |
オランイェ公フレデリク=ヘンドリク9歳時の大隊長としての年収(1593年) | 3,250 fl. |
ナッサウ=ディーツ伯エルンスト=カシミールの身代金(1595年) | 1万-1万2,000 fl. |
フレデリク=ヘンドリクが妻アマーリアに贈った真珠のネックレス(1630年代の参考値) | 3万 fl. |
連邦へ降参した都市への請求額(1590年代の一例) | 10万 fl. |
1590年代の年間軍事費 | 300-400万 fl. |
1630年代の年間軍事費(参考値) | 2000万 fl. |
デューラーの日記からの換算
デューラー ネーデルラント旅日記 (岩波文庫)
16世紀前半と少し前になるのですが、デューラーの『ネーデルラント旅日記』内、訳者解説でも当時の貨幣価値の換算が試みられています。1520-1521年のドイツ(ライン川沿い)から南ネーデルランドが舞台となっているので、地域はややかぶっていて、時代は1世紀前といったところでしょうか。訳者前川氏は、当時の生活物資(ローストチキン)からの換算を試みていますが、解説内に年収金額等も表記されてあり、年収ベースでもそれほどの違和感はありません。
- 1ライングルデン=20ヴァイスペニッヒ
- 1ライングルデン=24シュトゥーバー
- 1ライングルデン=252ペニッヒ
「グルデン」はギルダー、「シュトゥーバー」はスタイファーに相当すると思いますが、時代が1世紀違うため、当然換算レートも価値も違います。「1グルデンー≒5万円」(1万ギルダー≒5億円)と試算されているので、チューリップ時代のオランダの貨幣とは、名前は同じでも別物と考えてよさそうです。
以下、解説内から適当にピックアップしてみました。現代の感覚からすると交通費が高額である、と指摘されています。
表4・デューラー時代の換算表 | |
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ローストチキン1羽 | 10 wPf. |
デューラーと宿の亭主の会食費(飲物別) | 2 st. |
ライン川・マイン川の港ごとに支払う通関料 | 2 fl. |
マインツ~ケルン間の船賃/ケルン~アントウェルペン間の馬車賃 | 3 fl. |
デューラーの作品(版画、素描、油彩など) | 0.5-25 fl. |
学校教師の年俸 | 20 fl. |
デューラーが要求した年金 | 100 fl. |
医師の年収 | 80-100 fl. |
市参事付弁護士の年収 | 160-260 fl. |
デューラーの家屋 | 275 fl. |
1521年アントウェルペンの馬市で最も高値の駿馬 | 350 fl. |
スペイン商務官の年俸 | 3,000 fl. |
リファレンス
記事中に挙げた参考URL以外については以下のとおり。
- 佐藤弘幸『図説 オランダの歴史』、河出書房新社、2012年
- 桜田三津夫『物語 オランダの歴史』、中公新書、2017年
- 森田安一編『スイス・ベネルクス史(世界各国史)』、山川出版社、1998年
- ウィルソン『オランダ共和国(世界大学選書)』、平凡社、1971年
- ヨハン・ホイジンガ『レンブラントの世紀―17世紀ネーデルラント文化の概観(歴史学叢書)』、創文社、1968年