オランダ共和国の陸海軍の最高司令官は、過半数の州の州総督を務めていたオランイェ公に独占されていました。いちおうこの称号は陸軍と海軍を兼ねていたものでしたが、代々の州総督は、海軍の指揮をしたことはおろか、船自体にもろくに乗ったことがありません。そのため、名目上「副」がつくものの、海軍の指揮は海軍に完全にまかせられることになります。
マールテン=ハルペルスゾーン・トロンプ Maarten Harpertszoon Tromp
- 海軍提督 Luitenant-admiraal
- 生年: 1598/4/23 デン=ブリール(蘭)
- 没年/埋葬地: 1653/8/10 スヘーフェニンゲン(蘭)/デルフト・旧教会(蘭)
生涯
「ロイテルとトロンプ」とペアで語られる、オランダの偉大な提督2人め。子供の頃から船に乗り始め、若年期には二度の奴隷生活まで経験していますが、のちオランイェ公マウリッツ、フレデリク=ヘンドリクに相次いで抜擢され、最終的には海軍トップにまで上り詰めます。
個人的に恩義があるから、ということもあってか、オランイェ派でありステュアート派でした。が、その戦死に際しては、ヤン・デ・ウィットが弔辞を送り、過激な反オランイェ派のフォンデルからも詩を贈られるほど、当時からその死を惜しまれる英雄とみなされていたようです。
コルネリス=マールテンスゾーン・トロンプ Cornelis Maartenszoon Tromp
- 海軍提督(事実上の最高位に相当) Luitenant-admiraal-generaal
- 生年: 1629/9/9 ロッテルダム(蘭)
- 没年/埋葬地: 1691/5/29 アムステルダム(蘭)/デルフト・旧教会(蘭)
生涯
マールテンの息子。父親同様名将と呼ばれ、名目上は父親よりも出世し貴族にもなっていますが、父親のほうが有名なようです。ロイテル(彼にとっては父親の舎弟)が長生きだったため、世代はやや違いますが、ロイテルがライバルといえるでしょう。
- 第一次英蘭戦争
- 第二次英蘭戦争
- 第三次英蘭戦争
- スコーネ戦争
残念ながら、若干の成り上がり者っぽさが否めません。金持ちの女性を選んで結婚したり、ローマの軍装の肖像画なんかをたくさん描かせています。また、大酒飲みで有名で、彼の立ち寄る居酒屋では「大虎のトロンプさん御用達」的な看板を掲げていたとか。
デ・ロイテル提督の映画ですが、当然ながらトロンプ親子も出てきます。かなり詳細にレビュー書きました。