エフモント伯ラモラール(エグモント) Lamoraal, Graaf van Egmont

Lamoral d'Egmont

Unknown (1564?) In Wikimedia Commons

  • 第四代エフモント伯 4de Graaf van Egmont, ガーフェレ公 Prins van Gavere, 第十一代プルメレンド卿 11de Vrijheer van Purmerend
  • 生年: 1522/11/18 エルゼル(白)
  • 没年/埋葬地: 1568/6/5 ブリュッセル(白)/ゾッテゲム・聖母被昇天教会

生涯

ネーデルランドの貴族で金羊毛騎士。ホールネ伯とペアで語られることが多く、年齢もほとんど変わりません。カール五世の時代には皇帝に従って数々の軍功を挙げましたが、フェリペ二世の時代になり、ネーデルランド執政たちの圧制に対して抵抗運動を起こしました。八十年戦争が始まったとされるまさにその年に斬首されており、八十年戦争の前段階である「反乱」の立役者のひとりでもあります。オランイェ公ウィレムやホールネ伯と比較してオプティミストとされ、過去の自分の貢献や、金羊毛騎士であること(騎士団員を裁くことができるのは騎士団長のみであり、その代理人である執政には権利はありません)から、最後まで助命が行われると信じていました。ロマン主義時代にはこの悲劇をもとに、シラーの『オランダ独立史』、ゲーテの悲劇『エグモント』、それに曲をつけたベートーベンの劇音楽『エグモント』等、彼を題材にした作品が作られています。

ちなみに長男のフィリップがエフモント伯を継ぎましたが、彼は後見人であるウィレムとの関係を絶ってフェリペ二世に帰順しました。その後スペイン軍で戦いましたが、1590年イヴリーの戦いで、フランス国王アンリ四世に敗れ戦死しています。

リファレンス

記事中に挙げた参考URL以外については以下のとおり。

  • ウェッジウッド, C.V. (瀬原義生 訳)『オラニエ公ウィレム―オランダ独立の父』文理閣、2008年
  • フリードリッヒ・シラー『オランダ独立史』岩波文庫、1949年
  • University Leiden, “Personen