- マルケット卿 Heer van Marquette
- 生年: 1563 (蘭)
- 没年: 1625 ヘームスケルク(蘭)
生涯
エノー貴族でオランダ軍の軍人。1584年以降その名が見られ、1600年のニーウポールトの戦いでは「新乞食」と呼ばれるワロン連隊を率いました(1600-1602年はナッサウ伯フレデリク=ヘンドリクの名代として、正式には1602-1606年まで)。翌年から3年間に渡るオーステンデ攻囲戦では最後の司令官を務め、片手と片足を失いながら善戦したものの、最終的にスペイン軍への明け渡しをおこなっています。その後ヘームスケルクの領地を購入しそれによってホラント騎士団の一員に列することができました。ただ、ヘームスケルク卿ではなく、自らの出自とする「マルケット卿」を名乗っています。
オランイェ公フィリップス=ウィレムの死後、新オランイェ公マウリッツによって示談のためオランイェ領に派遣されます。また、十二年休戦条約の終了後は騎兵中将となりましたが、その働きにはかつての精彩はなく、多くの批判を受けたようです。
リファレンス
- “BWN“