ロマン主義歴史絵画の記事に対抗して(?)、16-17世紀当時の歴史絵画も集めてみました。やはり独断と偏見で、ただひたすら並べていきます。
- ロマン主義歴史絵画ギャラリー 八十年戦争編
- ロマン主義歴史絵画ギャラリー(八十年戦争以外)
もどうぞ。
場所はオランダに限らず、時代もややずれるものもあります。描かれた時代順ではなく、扱っている題材の史実における年号順に並べます。
一般的に「有名な絵」「良い絵」といわれるものではなく、人物に特化した「歴史として見ておもしろい絵」を中心に集めています。とはいってもおもしろい度はロマン主義ほどではないので、とりあえず数も半分ほど。ツッコミどころがあまりない反面、薀蓄はこちらのほうが多いです。
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ギャラリー
歴史画に入る前に、まずはバロック絵画のサンプルとしてエル・グレコの宗教画「聖マルティヌスと乞食」。2013年の「エル・グレコ展」にも出展されていました(台湾・奇美博物館所蔵。上の画像はワシントン・ナショナルギャラリー版)。
4世紀の聖人をモチーフにしていながら、聖マルティヌスの着ているものは16世紀当時の鎧です。このようにバロック絵画は、題材の人物の歴史的背景とは無関係に、描かれた当時の文物が反映されている場合があります。逆にロマン主義絵画のほうが歴史考証には細かいといえそうです。
1559年。即位10年後に描かれたものと推測されます。イングランド女王エリザベス一世の即位を三人の女神(アルテミス、アテナ、アフロディーテ)が祝っている図。このようにギリシャ・ローマ神話を題材にしたものは、古典主義の影響でバロックでもとても多いです。この場合の「神話」や「女神」には、宗教的な意味はほとんどありません。
1590年前後。スペイン国王フェリペ二世が、ヨハネ黙示録の7つ頭の獣に擬えられたイングランド女王エリザベス一世を踏みしだいています。具体的な日時がわかっていませんが、アルマダ「前」と「後」の場合で解釈が違ってきそうです。左側の透明な球形のものは、オーブ(宝珠 Reichsapfel)と思いますが、透明でこれだけ大きいのはめずらしいと思います。
1598年。「ナッサウ家 トリビア」内にも詳しく書いたんですが、管理人がこのモチーフ大好きなのでここにもカラーのものを。クジラの打ち上げ、というのは当時の娯楽?のひとつ。老若男女、身分に関わらず見物に行きます。この絵では人物の特定はされていませんが、ハーグ近郊の場所柄、このサイトでもおなじみの貴族の皆さんも見に来たでしょうね。とくにこの1598年のクジラはその大きさが印象深かったようで、20-30年後になっても多くの画家が描いています。
1600年前後。不思議生き物が多数登場するヘンテコな絵というとヒエロニムス・ボッシュが有名ですが、これはボッシュからヒントを得たと思われる作者不詳の作品。左の槍を持っているのが神聖ローマ皇帝ルドルフ二世の寓意で、右にいる相手は悪魔を表しているとか。見れば見るほどわけがわかりませんが、中にはやけに愛らしい生き物も…。
1600年(?)。描かれた1624年で考えると、ナッサウ伯マウリッツは実際の年齢よりだいぶ若いです。しかもこの馬、南ネーデルランド執政アルプレヒト大公から奪ったものという但し書きがあり、とするとニーウポールトの戦い(1600年)のときの馬ということになります。総じて、30代前半のマウリッツを描いたものということになりそうです。冒頭に挙げたように、この絵も描かれた時点での風俗を反映しているため、マウリッツはまだ1600年当時にはないバフ・コートを着ています。しかも絶対に本人が着こなせないような流行最先端なスタイリッシュ感…弟のフレデリク=ヘンドリクのほうをモデルに描いたのでは。
1613-1648年。17世紀に「アルバム」という手法がありました。今でいうスケッチブックに近いものかと思いますが、カンバスではなく1枚ペラの紙の裏表に描かれており、裏移りなども見えています。当時の王侯貴族から市井の人々の暮らしを彩色で描き留めてあります。ファン・メールはアントウェルペン生まれで、ロンドンとハンブルクで年の半々を過ごしていたとのことで、このジェームズ一世のようにイングランドを題材にしたものも多いです。スケッチに添えられているメモ書きはオランダ語になっています。
1618年。次の画像で挙げているようなエッチングと比べて、だいぶ荒い版画になっています。というのも、こういった類のものは瓦版(ガゼット、パンフレット)用に描かれたもので、とにかく情報とスピード重視のものだからです。これは三十年戦争の発端となった第二次プラハ窓外投擲事件を題材としたもの。個人的には、この中世をちょっと引きずった感のある、ゆるいタッチ(とくに落ちてる2番めの人の左足あたり)が非常に好ましいです。
1618-1619年。この時代のおもしろい絵というと、どうしても寓意画になってしまいます。1556年にピーテル・ブリューゲル(父)が「大魚が小魚を食べる」(=金持ちが貧乏人から搾取する)ということわざを教訓にして描いた寓意画を、そのままそっくり拝借して、1618年のマウリッツのクーデターに当てはめたものです。中央の大魚がオルデンバルネフェルト。小魚に書かれている名前はグロティウス、レーデンベルフ、ホーヘルベーツと、オルデンバルネフェルトと同時に逮捕された3人で、オルデンバルネフェルトのせいで巻き込まれてしまった…ということを表しているのでしょうか。遠くで打ちあがってる魚もオルデンバルネフェルトです。マウリッツも、魚の腹をナイフで割いているのと、端っこで知らん振りして釣りをしているのと、2人描かれています。
どちらにしても、いずれの側にもあまり好意的な絵ではなさそうです。ですが、ルドルフ二世の寓意画と同じく、一見グロテスクなものの、なんだか愛らしい魚もたくさん居ます。
1620-30年代? ルイ十三世「を」描いた肖像ではなく、ルイ十三世「が」描いた肖像。めずらしいので載せておきました。パステル画で、左上に国王ルイ十三世の署名も入っています。王侯貴族が画家から絵を習い、このように趣味にしていることもあります。ルイ十三世は作曲もしており、文芸に造詣が深かったことがわかります。
1629年。スヘルトヘンボス奪還を祝って描かれたもの。モチーフはよくあるテンプレの騎馬像で何の変哲もないんですが、カンバス代わりのカメの甲羅を盾に見立てて描かれてるんですね。管理人も現物を何回か見ました。かなり大きいです。
1632年。「グスタフを探せ!」…というほど難易度が高いわけでもないですが、国王が戦死した戦いにも関わらず、ロマン主義絵画のように、白馬に乗ってたりとか、そこだけライトアップされているとか、わかりやすい演出は一切ありません。同時代の絵画でも、それなりに国王を目立たせているものもありますが、敢えてここではモブっぽいものを選んでみました。
1634年。「ネルトリンゲンの戦い」。この戦いをモチーフにした絵は、ルーベンスやスフートのものを含めいくつかありますが、周り天使飛んでたり、「いとこ殿初めましてコンニチハー」があからさまだったり、カメラ目線でポーズした写真ぽかったりで非常にわざとらしい。それに比べてこれは自然でいい感じ。フェルディナントとフェルナンドの帽子に、さりげなくオーストリアとスペインの文化の違いが見て取れます。
1634年。こちらはわざとらしいほうから一枚。「ネルトリンゲンの戦い」で勝利した弟フェルナンドを兄フェリペが労うの図、なんですが、どこをどう見ても仲良さそうに見えない。お互い後ろに何か隠し持ってそう。もともとはルーベンスの描いた絵のコピーです。ルーベンスが仲悪そうに描いたのか、写した画家が仲悪そうにしたのかは不明ですが。
1646年。マーストン・ムーアの戦い。管理人の大好きな絵。凶悪なプードルの最期です。凶悪なプードルについてはこちら。
「ヴァニタス」とは「現世のはかなさや虚栄に対する警告」を表す絵画。(参照:国立西洋美術館HP「ヴァニタス―書物と髑髏のある静物」)。バロック時代の静物画に特徴的なモチーフのひとつです。栄枯盛衰、とか、盛者必衰、とか、平家物語っぽい言い回しのほうが日本人にはわかりやすいかもしれません。周囲には王冠をはじめとして、オーブ、ガーター騎士章、記念コインの図面、剣や財宝など王権を象徴するものがたくさん並べられています。しかし、処刑されたイングランド国王チャールズ一世の肖像が、これらの富の空しさを暗喩しています。
1660年代以降。17世紀後半になると、肖像画もかなりナルシスト入ってくるようになりますね。ライン宮中伯ループレヒト(イングランドではカンバーランド公ルパート:凶悪なプードルの飼い主)の、ガーター騎士としての正装の姿です。この格好は王政復古後のものだとは思いますが、実年齢よりもかなり若く(ひげもありません)描かれているので、イングランド内戦時の想像図かもしれません。若い頃から騎兵隊を率い、一時期海賊まがいのことまでやっていたループレヒトですが、それを感じさせない優雅さ、とくに手は女性のように描かれています。
リファレンス
- ヒュー トレヴァー=ローパー『ハプスブルク家と芸術家たち』 、朝日新聞社、1995年
- ヒュー トレヴァー=ローパー『絵画の略奪』 、白水社、1985年
- フロマンタン『オランダ・ベルギー絵画紀行―昔日の巨匠たち』 、岩波書店、1999年