ペーター二世エルンスト・フォン・マンスフェルト Peter Ernst II von Mansfeld

Portrait of Count Ernst Mansfeld

after Anthony van Dyck (17th century) In Wikimedia Commons

    • マンスフェルト伯 Graf von Mansfeld
    • 生年: 1580 ルクセンブルク(ルクセンブルク)
    • 没年/埋葬地: 1626/11/29 ラコヴィツァ(ボスニア)/スプリト(クロアチア)

生涯

おそらくヴァレンシュタインの次くらいに有名な、三十年戦争初期の傭兵隊長。同名の父ペーター一世エルンストの私生児。当初は異母兄カールを頼ってハプスブルク家に仕官しましたが、レオポルト大公とそりが合わず宮廷を去り、傭兵隊長となります。彼自身はカトリックの信仰を持っていましたが、プロテスタントの諸侯たちに重用され、その後サヴォイア公、三十年戦争期からはプファルツ選帝侯と傭兵契約を結びました。

プファルツ選帝侯の司令官となったマンスフェルトは、局地的な勝利は得るものの、バイエルン軍のティリー将軍、フランドル軍のスピノラ将軍などを相手に圧倒的な勝利はかなわず、オーバープファルツ、ラインプファルツ、ロレーヌなどを転戦しました。十二年休戦明けのオランダで、ベルヘン=オプ=ゾームの戦いにも参加しています。

三十年戦争へデンマークが参戦すると、マンスフェルトはそれに呼応して再度ドイツに戻ります。しかし、デッサウ橋の戦いでヴァレンシュタインに大敗。軍隊を維持することができなくなったマンスフェルトは、ダルマチア方面に落ち延び、その途上のラコヴィツァで病を得て亡くなりました。

リファレンス

  • ウェッジウッド, C.V. (瀬原義生 訳)『ドイツ三十年戦争』刀水書房、2003年
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