「国の標語」とは、日本には無いのであまりなじみがありませんが、国として掲げるモットーのことです。国旗や国歌同様に、国が公式に制定しています。
オランダの国標は、「Je Maintiendrai」。フランス語で、直訳すると「私は維持するだろう」の意味です。英訳では助動詞のwillやshallがあてられ、強い意志のニュアンスがあります。
“Je Maintiendrai Châlon”
ウィレム沈黙公の二代前のオランイェ公(オランジュ公)は、フィリベール・ド・シャロン=アルレー。姉のクローディアと二人姉弟で、男子の兄弟はなく、未婚のまま28歳で戦死しました。クローディアの夫がハインリヒ三世・ファン・ナッサウ=ブレダです。この夫婦には子供は一人しか居ませんでした。それがルネ・ド・シャロンです。
ルネは本来なら父親の名を継いで、「レイナールト・ファン・ナッサウ=ブレダ」とでも名乗るべきです。しかも彼はブレダ生まれで、とくにフランス育ちというわけでもありません。が、
“Je Maintiendrai Châlon” 「私はシャロン(の名)を守り続けよう」
のモットーを掲げ、シャロンの家名と紋章を使うことを条件に、叔父のオランジュ公を継承しました。彼の名前も、前述のとおり「ルネ・ド・シャロン」とフランス語表記されるのが一般的です。
“Je Maintiendrai Nassau”
このルネも嫡子のないまま、25歳で戦死してしまいます。皇帝カール五世は、ルネの姻戚のナッサウ家の中から、プロテスタントでない者をオランジュ公の後継として指名しようとしました。白羽の矢が立ったのがウィレム・ファン・ナッサウです。ルネの戦死の時点でまだ子供だったウィレムは、プロテスタントとして育てられてはきましたが、改宗させるのが大人よりも容易であろうとされました。
ウィレムはディレンブルク生まれのガチガチのドイツ人です。彼はルネのモットーを、
“Je Maintiendrai Nassau” 「私はナッサウであり続けよう」
として、自分の家名に当てはめて転用しました。
…と、ここまでが一般的にいわれている話です。実はルネがオランジュ公を継いだのも、ウィレムが継いだのも、同じ11歳のときです。「改宗させるのもたやすい」と思われる年齢の子供が、果たしてここまで明確なアイデンティティーを持ちえていたでしょうか。
もうひとつの説として、これはウィレムではなく、もとはルネのことばであるとするものがあります。子供の頃、おそらく母親の影響でシャロンを押し付けられていたルネも大人になり、今度は自らの意思で
“Je Maintiendrai Nassau” 「私はナッサウでありたい」
とモットーを変更したというものです。
どちらの説が本当かはわかりません。が、いずれにしてもある時期までのウィレムは”Nassau”のついた標語を使用しました。
“Je Maintiendrai”
1580年、スペイン国王フェリペ二世は、反逆者であるウィレムの首に懸賞金をかけました。それに対してウィレムとシント・アルデホンデが起草し、全国議会に提出したのが『弁明』です。この文書でウィレムは自身と全国議会の名誉を釈明しているわけですが、ここでモットーの末尾の家名をはずして、
“Je Maintiendrai” 「私は擁護する」
という文言を使用しています。
これは限定的な「家」を離れて意味を広げたものであり、『弁明』の中でも自らの意思を最も強く示したともいえるものです。このモットーが、このまま歴代オランイェ公に引き継がれていきます。
“Concordia res parvae crescunt”
とはいえ、この”Je Maintiendrai Nassau”はあくまでオランイェ家に紐づいているもので、現在オランダ王国の標語として使われているのも、元首(国王)がオランイェ公のタイトルホルダーであるからです。連邦共和国時代には、オランイェ公は「君主」ではなかったため、国家とは同一視されません。そのためオランダ連邦共和国としての標語には、
“Concordia res parvae crescunt” 「団結は力を生む」
が使われました。ラテン語のままの場合もあれば、”Eendracht maakt macht” とオランダ語訳が使われることもあります。大意としては、毛利元就の「三本の矢」の逸話にも似ていますね。オランダの場合も、それぞれの州を矢に例えているので、いわば「七本の矢」なわけです。
これは比較的ポピュラーな標語で各国語訳されており、現在でもベルギー王国(仏語 “L’union fait la force”)をはじめ、複数の国の標語となっています。
リファレンス
- オランダ王室 Wapens
- 佐藤弘幸『図説 オランダの歴史』、河出書房新社、2012年
- 桜田三津夫『物語 オランダの歴史』、中公新書、2017年
- 森田安一編『スイス・ベネルクス史(世界各国史)』、山川出版社、1998年
- 川口博『身分制国家とネーデルランドの反乱』、彩流社、1995年
- 栗原福也「十六・十七世紀の西ヨーロッパ諸国 二 ネーデルラント連邦共和国」『岩波講座 世界歴史(旧版)<15>近代2』、岩波書店、1969年