ヴィアー卿フランシス Sir Francis Vere

FrancisVere

William Faithorne (1657) In Wikimedia Commons

  • 卿 Sir、デン=ブリール知事 Governor of Den Briel
  • 生年: 1560 (英)
  • 没年/埋葬地: 1609/8/28 (英)/ロンドン・ウェストミンスター寺院(英)

生涯

伯父は第十六代オックスフォード伯ジョン。父親ジェフリーはこのジョンの末弟にあたります。1585年、ネーデルランド執政として派遣されたレスター伯に従って、フランシスははじめは純粋な志願兵としてオランダに渡り、レスター伯が失脚・帰国後もそのまま援軍としてオランダに留まりました。最初スライス、のちアルマダの海戦(オランダ側での参戦)で名を上げ、1588年、戦場でSirの称号を受け、一時帰国の際に初めて女王エリザベス一世に拝謁を許されています。1589年、駐蘭英軍少将すぐに中将ランクとなり、次弟ロバートを同年、三弟ホレスを1590年にともにオランダに呼び寄せました。

1586年のアクセルを皮切りに、軍制改革前から1602年のフラーフェまで、「マウリッツの十年」の前後ほぼすべての共和国内での戦闘を経験し、オランダ流の訓練を駐オランダ英軍に施し、常勝時代のナッサウ伯マウリッツの右腕として強力な援軍であり続けました。1596年には、第二代エセックス伯ロバート=デヴァルーとともにカディスの海戦にも参戦しています。1598年に英軍総司令官。自ら前線を志願することが多く、そのため大怪我(脚を銃弾が貫通する、顔面に銃弾を受けるなどけっこうな怪我)もしょっちゅうしています。1600年のニーウポールトの戦いでは、前衛・中衛・後衛3軍に分けた前衛の総指揮を務めました。翌年のオーステンデ攻囲戦を経て、最後の兵役は1602年のフラーフェ攻囲戦になります。

ところでフランシスは毎年のように、戦争のない冬期にはイングランドに帰国し、駐オランダ軍志願兵を自ら徴募していました。また、指名で彼の攻囲戦を見学に来る軍人も後を絶ちませんでした。このようにリクルーターや教育者としても能力が高かったのですが、その訓練があまりに厳しすぎて脱走兵が続出するというジレンマも抱えていたようです。

性格は超がつくほど高慢だったとされます。一説には、強力な軍隊をナッサウ伯らとともに協力して作り上げていったにも関わらず、そのナッサウ伯たちとは非常に仲が悪く、互いが互いを「偉そう」と毛嫌いし合っていたといいます。が、マウリッツは若年期より軍事行動に関しては必ずフランシスに意見を求めていて、フランシスがイングランドから帰国を促されたときも賃金をはずんでこれを阻止したこともあり、不仲説は当時のパンフレット等によるネガティブキャンペーンに過ぎないという説もあります。(管理人としても、この後者の説のほうが自然に思われます)。いずれにしても軍人としては超一流だったため、(軍に残った)部下たちには畏敬の念を持たれていました。

ちなみに、当時の貴族として共通語のフランス語はもちろんのこと、スペイン語も完全にマスターしていたとのこと。同僚のオランダ人将校にはスペイン語を話す人というのはあまりきかないので、その辺も重宝された理由かもしれません。

1603年のエリザベス女王の死、次代の国王ジェームズ一世がスペインと和平を結んだこと、自身の健康問題などの理由から退役を決意し、1604年夏に母と長兄のいる故郷に戻りました。退役してからは、一度ジェームズ一世の使者としてハーグに1年ほど戻ってきたこと以外は、領地経営や執筆活動で過ごしています。

なお、スペインのフランドル軍総司令官アンブロジオ・スピノラ将軍は、当代最も尊敬する将軍のひとりとして、フランシスの名を挙げています。ただ、フランシスの退役とスピノラの登場はいずれも1603年で、ちょうど入れ替わりということもあり、直接戦場で対峙したことがあるというわけではなさそうです。

1607年10月26日、友人ジュリアス・シーザー卿(当時財務大臣・後の控訴院記録長官)の義理の娘エリザベス・デントと、当時にはめずらしい恋愛結婚をしましたが、その年齢差はじつに30歳以上(フランシス47歳、エリザベス16歳)でした。2年後に死去。死因は不明ですが、直前まで普通に仕事をしていたようなので、突然死に近いものと思われます。埋葬されたウェストミンスター寺院のモニュメントは、本人が好んでいたというブレダのナッサウ伯エンゲルベルト二世のものに似せて作られています。

Francis Vere Tomb 1860

Charles Knight (1860?) In Wikimedia Commons

参考: ウェストミンスター寺院ホームページ Vere, Sir Francis Vere and Horace Vere

ヘンティの小説「By England’s Aid」では、主人公の少年の郷里の英雄で、オランダでの便宜を図ってくれる将校として描かれています。(ちょっといい人すぎるかな)。

リファレンス

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