枢機卿リシュリュー公アルマン=ジャン・デュ・プレシ Armand Jean du Plessis, Cardinal-Duc de Richelieu et de Fronsac

Philippe de Champaigne - Cardinal Richelieu - WGA4725

Philippe de Champaigne (1639) In Wikimedia Commons

  • リュソン司教 Évêque de Luçon、リシュリュー公 Duc de Richelieu、フランス宰相 le principal ministre du Roi
  • 生年: 1585/9/9(仏)
  • 没年/埋葬地: 1642/12/4 パリ/ソルボンヌ(仏)

生涯

日本では『三銃士』の影響ですっかり悪役のイメージのついてしまっているリシュリューですが、三十年戦争期、内外に憂慮を抱えたフランスを見事に舵取りした、非常に有能な政治家です。あまり取り上げられませんが、オランイェ公フレデリク=ヘンドリクとも同世代で、1630年代(フランスの三十年戦争参戦前後)には互いに協力しており、外交書簡も多数残されています。

* 各国元首その他オランダ以外を主要な活躍の場としている人物については、サイトの主旨上、オランダと直接関わった事項または八十年戦争(三十年戦争)期間中の行動について記載しています。そのため逆に、その人物の大まかな伝記ではあまり出てこないエピソードがメインになることもあるかもしれません。

リファレンス

記事中に挙げた参考URL以外については以下のとおり。

  • 色摩力夫『黄昏のスペイン帝国―オリバーレスとリシュリュー』、中央公論社、1986年
  • J.H. エリオット(藤田一成 訳)『リシュリューとオリバーレス―17世紀ヨーロッパの抗争』、岩波書店、1988年
  • 長谷川輝夫『聖なる王権ブルボン家』 講談社選書メチエ、2002年