17世紀のバロック絵画で「集団肖像画」というと、オランダ画家だとフランス・ハルスに代表されるような、レヘント・議員たち・市民軍など、横並びの集団を扱ったものが一般的です。貴族の場合は、フランドル画家ヴァン・ダイクに代表されるような家族肖像画がありますが、こちらは大抵が一家族(親子・夫婦・兄弟)で、子供が多い場合以外はあまり人数も多くなく、世代もせいぜい三世代、二親等くらいまでがほとんどと思われます。
そこいくと、ナッサウ家は案外特殊なのでは…と思うに至りました。従兄弟・又従兄弟を含め五親等くらいまでが一緒の肖像に納まっていたり、その中に故人までが描き入れられていることもあります。中でもビネンホフとホフフェイファーをバックにした騎馬図が良く見られるので、ここにまとめておくことにしました。
姉妹記事: ウェイブラント・デ・ヘーストの集団肖像画
ホフフェイファー前の騎馬行進図
プファルツ選帝侯夫妻とナッサウ伯たちを描いたものがスタンダード。人物同士の位置関係は違ったものがありますが、建物との位置関係は、ビネンホフ、とくに北西端の「マウリッツ塔」を右後方にした図にほぼ固定されているようです。パレード感のある騎馬「行進」というよりは、身内でのお散歩図に近いです。なお、ハーグの紋章でもあるコウノトリが飛んでいたりもします。
アムステルダム国立博物館バージョン。絵のタイトルにもなっていて描かれているのが確実なのは、
- プファルツ選帝侯フリードリヒ五世(真ん中のブチ馬)
- 選帝侯妃エリザベス(先頭の白馬)
- オランイェ公マウリッツ(二番めの白馬)
- ナッサウ伯フレデリク=ヘンドリク(フリードリヒ五世のすぐ右の栗毛馬)
他には、黒のローブ(老人を表します)を着ている2人は故人で、40年も前に暗殺されたウィレム沈黙公とナッサウ=ディレンブルク伯ウィレム=ローデウェイクです。マウリッツのすぐ右後ろは、金羊毛騎士団章が見えるので、異母兄のフィリップス=ウィレムでしょう。選帝侯真後ろのオレンジの肩帯と羽根飾りがおそらくナッサウ=ディーツ伯エルンスト=カシミール、周りにわらわら居るペイジたちの中には、ナッサウ=ジーゲン伯ヤン七世の息子たちのうち年少者たちや、エルンスト=カシミールの2人の息子たちも含まれているでしょう。エリザベスの後ろに乗っている侍女はアマーリア・フォン・ゾルムスでしょうか。ひとりだけ赤が目立つのはおそらくクレンボルフ伯フロリス二世。クレンボルフ伯の紋章は赤とオレンジの2色なので、着ているものはいつもフレデリク=ヘンドリク以上に派手な赤に金です。
さらに、周りにはやはり故人のナッサウ伯(ナッサウ伯ローデウェイク=ヒュンテルやナッサウ=ジーゲン伯ハンス=エルンスト)も含まれていると思われますが、どれが誰とは特定はできません。
こちら同じもののマウリッツハイスバージョン。人物の位置も入れ替わっており、こちらのほうが人物が大きくてわかりやすいです。クレンボルフ伯(赤いの…)がやっぱり目立ちすぎ。これもタイトルから、描かれているのが確実なのは同じ4人です。…が、主人公であるところのフリードリヒ五世が微妙…。真ん中だとは思うのですが、子供のように貧相な体格をしていることと、逆に先頭の地味な男性がガーター騎士団章掛けてるように見えるんですよね…??
- プファルツ選帝侯フリードリヒ五世(真ん中のブチ馬?エリザベスより前の黒馬?)
- 選帝侯妃エリザベス(先頭の白馬)
- オランイェ公マウリッツ(二番めの栗毛馬)
- ナッサウ伯フレデリク=ヘンドリク(中央やや左の白馬)
こちらでもやはり、沈黙公とフィリップス=ウィレム、ウィレム=ローデウェイクの3人は判別できます。黄色のバフコートがエルンスト=カシミールでしょうか? マウリッツとフレデリク=ヘンドリクは国立博物館バージョンと乗っている馬が逆です。
池の中がこちらのほうが細かく描かれていて、白鳥や、馬を洗っている人がいます。
ハーグ歴史博物館蔵。ブリューゲルと似たタッチの素朴感あふれるバージョン。マウリッツの死後の作品ですが、博物館の公式サイトで人物が特定されているのはマウリッツとフレデリク=ヘンドリクのみ。「夏」との但し書きあり。
画面の左半分、5人並んで騎馬の人物が居ます。5人の中央のマウリッツは白馬に乗っていて、ガーター騎士団章が目立つのですぐわかります。フレデリク=ヘンドリクはその右。青い服ですが、よーくみると騎士団章のリボンがわかります。さらにその右がエルンスト=カシミール、いちばん手前の青いのはフリードリヒ五世と思われますが、確実ではありません。
これもハーグ歴史博物館蔵で、やはり中央の真っ赤な人物(クレンボルフ伯でしょう)が目立ちます。ナッサウ伯の一団と、前に行くのは濃緑のお仕着せマントを着た近衛の矛槍兵たち。「冬」との但し書きあり。もとは上の絵とペアでしょうか。
絵の向きは逆で、東側からの絵です。裏口は橋になっていて馬では出れなそうなので、徒歩の場合はこちら側からなのかもしれません。凍ったホフフェイファーではたくさんの人々がスケートを楽しんでいます。
公式サイトで特定されているのは、近衛兵のすぐ後ろの3人の人物。右から、
- ナッサウ伯フレデリク=ヘンドリク
- オランイェ公マウリッツ
- ナッサウ=ディーツ伯エルンスト=カシミール
めずらしく3人ともほぼ真っ黒の格好です。1617年11月、マウリッツの50歳の誕生日を祝ったもの。…にしては地味ですね。
ファン・デ・フェンネの騎馬行進図
「ファン・デ・フェンネの騎馬行進図」の写し。下の版画に書かれていた名前から、6名が特定できます。左から、
- ナッサウ=ジーゲン伯ハンス=エルンスト
- オランイェ公マウリッツ
- ナッサウ=ディレンブルク伯ウィレム=ローデウェイク
- 前オランイェ公フィリップス=ウィレム
- ナッサウ=ディーツ伯エルンスト=カシミール
- ナッサウ伯フレデリク=ヘンドリク
1621年時点では、すでに半数が故人です。さらに後ろに、隠れるようにして3人描かれていますが、これらもいずれも故人と思われます。左再奥がウィレム沈黙公、右再奥がローデウェイク=ヒュンテルと推測されますが、真ん中は特定できません。周りのペイジたちも関係者と思われます。おそらく左にひとりだけ居る金髪が、エルンスト=カシミールの長男のヘンドリク一世カシミールではないかと思います。
ちなみに、アムステルダム国立博物館に現存している油彩のファン・デ・フェンネ(本人による写し)版は、逆にこれより後の1625年頃描かれたもので、ハーグに亡命してきたフリードリヒ五世が描き加えてあるものです。
デルフによるファン・デ・フェンネの騎馬行進図の写し、版画版。アムステルダム国立博物館蔵。油彩のものと人物の位置と格好はほとんど同じですが、油彩以上に細かい情報が加えられていて、両側の樹には紋章が提げてあったり、下部には誰が誰という親切な説明までついてます。鳥も加えられてるのでハーグ近郊を表しているのでしょうか。
左の樹にはオレンジが生っているのが見えます。正面を向いている2つの紋章は2人のオランイェ公、左から、マウリッツとフィリップス=ウィレムのものです。
フーフトにあるコピー。これも紋章付き。フレデリク=ヘンドリク(右端)の描き方だけちょっと違うような…?
ザルトボメルの市庁舎にあるらしい兄弟3人の騎馬図。説明文にはウィレム二世との記載があるけれど、中央はフィリップス=ウィレム。ペイジのポーズ・騎馬の3人の衣装・乗っている馬・位置関係などから、これももとはファン・デ・フェンネを模している(且つ人数を削った簡易版)に間違いないでしょう。
リファレンス
- アムステルダム国立博物館 Prins Maurits in gezelschap van o.a. prins Frederik Hendrik, Frederik V en diens vrouw Elizabeth Stuart
- アムステルダム国立博物館 Wintergezicht op de Vijverberg te Den Haag met op de voorgrond prins Maurits en zijn gevolg
- アムステルダム国立博物館 Prins Maurits vergezeld door zijn twee broeders, Frederik V, keurvorst van de Palts en enkele graven van Nassau te paard