DVD チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛

配給元PHANTOM FILMによる公式予告編

1630年代オランダで起こった「チューリップ・バブル」を背景にした映画。話の内容の大筋は平たく言えば複数の男女のごたごたなので、この国・この時代である必然性の特にない普遍的なテーマです。が、資本主義よりも前の社会で、庶民が誰でも「一攫千金」を狙える時代はあまり多くないと思います。(たしかに、それを加味しても、この登場人物たちにそれほど急に大金が必要か?とも思えますが)。

公式サイト: チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛

  • 出演: アリシア・ヴィキャンデル, デイン・デハー, ジュディ・デンチ, クリストフ・ヴァルツ, マシュー・モリソン
  • 監督: ジャスティン・チャドウィック
  • 販売元: Happinet
  • 発売日: 2019/03/02、2020/2/4
  • 収録時間: 105分
  • 定価: 4212円、1320円(廉価版)

なお、この記事を書くに当たって原作小説は読んでいません。あくまで映画のみを観てのレビューとなります。

鑑賞メモ(映画)

Johannes Vermeer - The Art of Painting - WGA24673

フェルメール「絵画の寓意」 In Wikimedia Commons

原作者には、フェルメールの絵画の世界を小説にしたい…という意図があったようです。2018-2019「フェルメール展」とも公式タイアップし、東京展とほぼ同時公開しています。フェルメール「らしさ」は、女主人とメイドというモチーフもそうですし、窓を画面の左にした室内の構図も映画内の至る所で出てきます。なおチューリップ・バブルとフェルメール全盛の時代とは四半世紀ほどずれていますが、「黄金世紀」と呼ばれるオランダにおいて、人々の暮らしや風俗はこの25年の間にそれほど大きく変わってはいません。「ラフ」と呼ばれるひだひだの襟が、フェルメールの頃にはほぼなくなっているくらいでしょうか。

配給元PHANTOM FILMによるよくわかるチューリップ投機

まずはチューリップ・バブルについて。当サイト「トリビア チューリップ・バブル」でも詳述していますが、チューリップ・バブルとは、まだ見ぬ花が咲く「かもしれない」球根に対して、異様なまでの先物取引が過熱した数年間を指します。映画内で描かれるチューリップ・バブルのシーンは、配給元がその箇所だけのトレイラーを作成しているのでぜひご参考に。取引所ではオークション形式で取引が進められます。取引所といっても正式なものではなく、怪しげな居酒屋の一室で行われるもので、貴族も庶民もスリも売春婦もごった返し、この映画のタイトルでもある「熱に浮かれた」有様を見事に再現していると思います。

「動画工房」さんの「オランダのチューリップバブルを説明する」

さらにチューリップ・バブルについてわかりやすい動画はこちら。映画内では、たとえば18ギルダー(「ギルダー」を仮に「万円」と読み替えるとイメージつけやすいです)の白い球根が、「ブレイカー(しましま)」が1本混ざっていたおかげで、920ギルダーにまで高騰しました。

Johannes Vermeer - The Allegory of the Faith - WGA24700

フェルメール「カトリック礼拝の寓意」 In Wikimedia Commons

宗教の描き方についてもなかなか面白かったです。当時のオランダは、当局こそ改革派で占められていますが、国民の約半数はカトリックでした。国教も改革派と定められていますが、そうでないからといって取り締まられたり等はありません。主人公は女子修道院出身で、サンツフォールト家の礼拝方法もカトリック方式、そして画家ヤンとその友人ヘリットはおそらく改革派です。(…というのも、修道院に泥棒に忍び込もうとした際、「教皇の持ち物だから」盗んでいい、的な論理だったので)。八十年戦争は反乱当初こそ宗教戦争の様相を呈していましたが、1630年くらいになれば、宗教問題はほとんど日常生活では問題にならない程度の熱量になっています。

もっとも、宗教に関しては国の外でも同様で、当時周辺国では三十年戦争が絶賛継続中ですが、この映画の時点でちょうど折り返し地点です。ネルトリンゲンの戦いからプラハ条約あたりの時代、つまりフランスが新教側で参戦したのと同時代で、こちらも宗教戦争の段階を脱しつつあります。

ところで、その女子修道院もなかなかの曲者でした。孤児院を併設し、孤児の女性に手に職を付けさせている一方、ヒロインのように見栄えの良い娘を金持ちの後妻に推薦して金銭を得ているようです。修道院内でチューリップを栽培し、代理人に市場で売らせたりもしています。綺麗事で済まない世の中を象徴させているようです。

また、胡散臭いといえばもう一点、闇医者のソルフ医師がいい味出していました。それと画家の友人のヘリットがお遣いを頼まれたときの、「絶対に飲むなよ」、そして球根を渡されたときの「玉ねぎだよ」という壮大な振りは、うわーこれ絶対酒飲んで球根食っちゃうパターンだわ、と、先読みできるからこそのスリル感を与えてくれます。

Cornelis Bol - Zeegevecht tussen Hollandse oorlogsschepen en Spaanse galeien

Cornelis Bol (1630-1650) 1630-40年代のオランダ・スペイン海戦 In Wikimedia Commons

なお、当時のアムステルダムの一般男性にとって、オランダ海軍はあまり行きたくないところだったようですね。ケンカでボコボコにした相手を、「海軍に放り込め」「1年は帰ってこれねえぞ」と言っているシーンがありました。兵としては陸軍より海軍のほうが人気があった…はずなので、陸軍の扱いはこれ以下だったってことでしょうか。ちなみに、サンツフォールト氏のおっさんくさい夜の下ネタはぜんぶ陸軍がらみなので、彼は若いころに陸軍にいたのかもしれません。

オランダ史好きとして思わずニヤリとしてしまうのは、ヒロインが棺桶に入って脱出するシーン。グロティウス脱獄のオマージュと思われます。何かに入って侵入する、何かに入って脱出する、はオランダ史のお家芸です。もっとも、この罪深く恐ろしい体験をしたため、ヒロインは熱が冷めて目も覚めます。

とにかくセットはうまくできています。アムステルダムの雑多で小汚い様子が良く出ています。運河の様子以上に、街中のあちこちに、海面下の標高を思わせる場所があります。映画内でちょっと不自然で気になったのは2点だけ、豪商の奥方が供もつけずチューリップ3本を見えるように抱えて歩いて平気なのか、というところと、報酬が安いからとの理由で雇われた駆け出しの画家がウルトラマリンのような高価な顔料を使えたのか、というところくらいです。

Johannes Vermeer - A Woman Asleep at Table - WGA24609 Jan Vermeer van Delft 008

フェルメール「うたた寝するメイド」/「真珠の首飾りの少女」 In Wikimedia Commons

歴史映画にはめずらしく大団円というか、ラストに人死にや大きな災厄はありません。そんなラストは一言でいうと、文字どおり「漁夫の利」ですかね。個人的には、決して悪い人じゃない、むしろ被害者のサンツフォールト氏の適当な扱いが思いっきりお気の毒でしたが。そして最後にこの絵のように黄色い服を着ていたメイドのマリアが、真のヒロインだった気がします。